2017年11月8日水曜日

NOTEつくりました

というわけでNOTEをつくりました。
https://note.mu/takeboki

アカウント自体はだいぶ前に作っていたので、幾つかテキストを追加しました。現時点では、ここの日記で記載した話題をのせていますが、どんどんNOTEでのオリジナルの内容を追加して差別化していきます。

『ハングリーノート』と題しまして、普段僕が感じている創作に関することを色々書こうと思います。

このハングリーノートの名称は、元々僕が個人的に創作活動でのメモ書きとして、自分用に書いてたメモの名称でした。それが結構膨大な量になっているので、人が読める形にしてみようとおもいます。
クリエイターや、創作に興味のある方に読んでもらうことを想定して書いていますので、もし気になる方はチェックしてみて下さい。

2017年11月7日火曜日

何となくの行動

絵コンテの仕事をしていると、キャラクターの動きを描く機会がとても多いです。

キャラクターが、なぜ、そういう動きをしたのか?
これらが説明できなければなりません。

例えば、テーブルの上にあるマグカップを持とうとしたキャラがいたとして、手をマグカップに近づけた段階で一瞬持つのを躊躇した、とします。

ピタッと間ができるときに、キャラは何かを考えたか?どういう意味があるか?

色んな理由が考えられますね。リアルであれば、「何となくの行動」ということもあるかもしれません。「何となく気が変わった」みたいなことはリアルであれば自然にありますよね。

しかし、創作においては、少なくともそれを描写する以上、何らかの答えを作り手は用意しておく必要があります。
それは作品を見る人(受け手)がいるからで、少なくとも受け手が腑に落ちる、かつ興味深い描写にしなければならないのです。
また、その人たちが情報を取得する上で妨げになってはいけません。

マグカップを持つのを一瞬だけ躊躇した、という行動は、その前後の時間軸できっと理由があるはずです。

行動を描くということは、連続性を描くということであり、ドラマは連続性を得て成立するのです。

2017年11月6日月曜日

完成と継続と

もう15年以上も前の話になってしまいますが、
大学でアニメサークルに所属して学んだ大事なことは、どんなに短い作品でも、まず「完成した!」という段階まで作ることです。

 そうすればまず「作品」として他人から認知され、評価をされる対象となります。
 作った作品が駄作か、凡作か、傑作か。そんなことは視聴してもらって評価をされるというプロセスを経ないと、わからないわけですね。


そりゃ当たり前やろ、という話なんですが、自主アニメ制作は、個人がやることが果てしなく多く、特に技術や機材の乏しい学生が作ろうとすると、必ずどこかで高い壁にぶつかるんです。
そこで、制作を止めてしまうことも、とても多いのです(自分もそういうことが何度もありました…)


自分が初めて作ったアニメは2002年で、25秒ほどのしりとりアニメです。
しりとりアニメとは、カットを繋ぐとき、作画で動きや形を変化させて表現し、繋いでゆく手法のアニメで、いわゆる習作扱いでした。
それと、同時上映でオリジナルの予告編。そこでキャラが1コマ作画で走るループアニメを初めて描きました。


その時の作品は合同上映会に提出し、感想コメントも貰えたことが嬉しくて、それが次の作品を作り続ける原動力にもなって、何とか今に至っている…という感じです。

2017年11月1日水曜日

出来事と言葉

言葉は、出来事をどう表現するかによって、伝わる側の認知の仕方が変貌していきます。


例えば、何か有名なテレビ番組等が終了したときなどに「ひとつの時代が終わった」という表現があります。

詳しい人からすれば、それだけ大きな出来事だと感じるかもしれないし、全く知らない人からすれば「ひとつの時代」という表現レベルのものがあった事すら知らないかもしれません。



別の例だと、無人ロケット発射などで、打ち上げが失敗に終わった時「この打ち上げは失敗に終わった」と表現されることがあります。

しかし、この発射に関わった人たちからすると、「次に繋ぐための成果があった」とも言えるでしょう。

外の人間からすると、そういった緻密な成果はなかなか見えないし理解は難しいものですね。


そんな感じで、出来事をどう表現するかによって、その伝わるイメージは全く異なります。
どちらが良いかというより、自分はどういう認識か?というのを探ってみると面白いかもしれません。