2017年2月28日火曜日

沈黙が騒ぐ

自分は騒音が苦手なので、作業はできるだけ静かな環境が望ましい。作業しながら音楽をかけることは少ないし、ラジオなども聞かない。
理由は、自分の頭の中で音を鳴らしているからで、脳内の音を再生するためには周囲の雑音は邪魔になるのだ。また、撮影の場合音合わせの作業となることも多いので、やはりその場合も作業用BGMは流せない。

ところで、脳内における音の自己再生が、寝る前にも継続している状態はちょっと厄介だ。横になっていても映像が頭の中で流れ続けていたり音が響いていると、寝るどころではない。コンテで描いていたキャラがずっと喋っていたり、モンスターと闘っていたりする。こういうときは神経が高ぶっているので、ちゃんとリセットをかけなければいけない。自分の場合は座禅を組んだりする。ほとんど自己流だが、これが結構いいのだ。とりあえず10分ほど座禅を組み、静かにしてみよう。呼吸を落ち着ければ、そのうち、ちゃんとした沈黙がやってくる。穏やかな夜を。

2017年2月27日月曜日

変化更新

日々、色んな情報が右から左に流れていく中で、一つ感じていることを言葉にしてみる。

「かつては、こういうことがまかり通っていたが、それが露わになったことで、それが通用しなくなった」
「こういう事は起こりえないと思われていたが、実は条件が整えば案外発生する可能性はある。」

これらは、ある種の環境の変化によって、その歪を見た人たちがこじ開けてゆくことによって、実はこうだった、みたいな感じで生じているように思う。今後たぶん、色んなところで発生していく可能性がある。

かつて「環境」には様々な垣根が存在し、かつ、それらは、距離、人、時間、場所、学力、お金、知識などの乖離によって存在すら知ることができないものだった。今はそれはどちらかというと、崩れていく様も見られる。常に変化し続けているのだ、という感度が必要だと思う。

感度や視野には個人差もあるし、日常、ある特定を場所を見続ける生活をしている人もいる。ただ、少し首を振ってみると、こんなに変わっていたの?みたいなことは珍しくない。

色んな現象は常に発生して、それは現実に変化をもたらす、僕らがボーっとしていても、毎日どこかで変化は起きているし、情報も更新される。

2017年2月9日木曜日

選択肢、という話

例えば、死にたいという願望は否定しちゃいけなくて、だからといって自ら命を絶つというのは個人的には「勿体ない」と思う。
健康であればいつでも死ぬことができるが、不健康だと、いつでも死ねるとは限らない。不健康とは、生も死も若干不自由になる。そう言う意味で不健康なのだ。難しいでしょうか?

僕は生きてる中でやりたいことが多すぎて、おそらく生前に全て消化することは難しいだろうとは思う。今、やりたいことやりましょ。