2016年7月30日土曜日

区切り感

何周年とかそういう区切りのよい話はよく聞くけど、別に区切りの良くない時だっていいやんって思うことはある。
例えば、「今日が会社設立10周年です」ってのと「今日が会社設立9年と364日目です」ったら別にどっちだっていいでしょう。実際、自分の所属する会社が10周年だったとしても、「実際のところ数字に関してはどっちでもいいや」って思う人結構いるんじゃないかな。
僕はそういう数字だけを見た節目にはあんまり拘らない。こういう区切りのいい数字の方が、何かをしたり、思ったりするきっかけになるから人も動きやすいってことなんだろうか。
一方で、誕生日はわかる。年に一回というタイミングとか、対個人という規模とか、祝われるのはやはり嬉しいものだ。

2016年7月25日月曜日

通過する温度

自分は夏の時間が凄く好きなんだけど
毎年夏は忙しいうちに退場してしまう。今年も既に
6月さんも7月さんもご退場だ。
今通って行った時間はもう来ないので
せめて楽しく生きましょうな、と言い聞かせた。

2016年7月7日木曜日

その気になれば成長はできる

例えば僕の寿命が50歳までだと仮定したとき(明日かもしれないけどね)、折角なら50歳まで成長しつづけたいし、ちゃんと考えられる人になりたい。つまり毎年ちょっとは成長したい。思考の質だって上げたい。

2016年7月3日日曜日

つまり、褒めたいのだろうけど


以下のような言葉を見たり聞いたり
するたびに、僕が思っていることを書きます。

例文A
「○○(作品名や人物名など)は嫌いだけど」
例文B
「××(例文Aとは別の作品名や人物名)は好みだわ」

という2つの文章がセットの場合。
例文Aは要らない。

2016年7月2日土曜日

スルーされる横断歩道

交通ルールあるあるみたいな話をする。
信号機無しの横断歩道の扱いがちょっと難しい、という話だ。

道路には歩行者が道路を横断するための、横断歩道が存在する。
主に交差点など、車がまあまあ通るような片道一車線の道路で、かつ歩行者が道路を横断する状況が想像できそうな場所に横断歩道は存在している(これは僕の想像です)。意識してみてみればすぐ見つかると思うが、信号機が無い場所でも横断歩道はある。歩行者からすれば、「渡っても良い歩道」というぐらいの認識はあるだろう。

ところで、車の運転手の立場になると、この、信号のない横断歩道に差し掛かったとき、渡る為に待機している歩行者がいた場合、一度横断歩道前で停止して、歩行者の横断を譲る、という交通ルールがある。自動車免許を取った人であれば必ず習っているルールである。

僕が普段、家から徒歩で最寄り駅に向かうとき、割と交通量の多い道路を、
信号無しの横断歩道で渡る局面がある。しかし、横断歩道前で僕が立っていても、
一時停止して横断を譲る車はほぼ無い。車がびゅんびゅん行きかう中、僕はスキを見て横断している。一度、パトカーが通りかかったときは、ちゃんと一時停止してくれて、無事、僕は道路を横断することができた。

運転手の立場からすると、信号機のない場所でわざわざ停止することに対して
面倒くささがあったり、いざ、歩行者を認めて一時停止しても、肝心の歩行者が
遠慮して渡らない、なんてこともあるかもしれない。そうなってくると、ルールを
守らない運転手がいるのもわからなくもない。
どうすればいいか、という話ではない。ただ、個人的に考えているのは信号機無しの横断歩道はおまじない程度のもので、実際のところ横断歩道無しの場所を横断しているのと大差ないんじゃないかと思えてくる。ま、その時は自己責任ですわね。