2014年4月29日火曜日

面倒くさいのが良い

自主制作の事を書いています。大抵こういう話は長くなりますね。



仕事は一人で作業が完結することはとても少ない。きっと自分以外の人が
工程のどこかに携わっているだろうと思う。会社組織内でも、自分は気がついていなくても、人の力を借りて仕事を進めているということはきっとあるはずだ。そこに気がつくことができれば、この仕事では自分に何が求められているか?が見えてくるのではないかと思う。
 仕事は面倒くさい作業を、専門分野に長けた人たちが手分けしてさばいている、そんな印象がある。

自主制作アニメは一人で行う作業がとても多い。
ただでさえアニメは制作工程が果てしなく長いので、個人での自主制作アニメとなると、途中で面倒くさくなることもあるかもしれない、少なくとも僕はよくある。
 僕が初めて作った自主制作アニメでは監督をやった。監督だけではなく、実際は殆ど全部の工程に僕の手が入っている(自主制作で監督ってなってる人は大抵殆どのことをやっているような…)。それ以降でも、僕の作るアニメは、僕が手を動かす工程が多いし、先の1本目制作には2年かかっている。他人から見ると恐らく「よくもまあそんな面倒なことができるよね」とか「もっと人に振ればいいのに」と思われてるだろうし、実際言われる。

しかし、これを「面倒くさいからやらない」などと言って投げてしまうのは実は勿体ないと思っている。自主制作アニメ、あるいは同人誌の制作もそうだが、別にこれらは仕事じゃないのだから、むしろ仕事ではできないようなことができると考えた方が面白いし疲れない。

 例えば同人誌を描く人で、本職が漫画家さんや出版業界ではない人も当然描いている。別に本職の人でなくてもネームを切ったり、オリジナルキャラのアイディアを考えたり、本の紙質にこだわって製本したりすることだってできる。誰からも制作途上でケチを付けられずに済むのもきっと大きい。たまに同人誌を作っている人でも、印刷所入稿の締め切りに追われている人がいる。案外そういう人は作業の中で「大変だ」「面倒くさい」「落ちる」と言いつつも、実はとても楽しんでいるのかもしれない。

 これら自主制作アニメや同人誌制作は「仕事が忙しいけど、時間が無いのを削ってでもやりたいな」
と自分が思うものだからこそ、仕事以外でもわざわざ作るのだと思う。
せっかくなら面倒くさいと言いながらも楽しみたい。

2014年4月22日火曜日

雨の日は

松居慶子さんの曲をかける。朝、昼、夕方、夜。いつかけてもそれぞれの
雰囲気が出る。

2014年4月7日月曜日

好きではないけど買う

誰かの行動や主張、意見に対し、別に好き嫌いを前提として言っているわけではないけど、「…てことは~が好きなんですか?」のような展開を見ることがある。
あるいは行動や主張、意見等を聞いてみると、その人の好き嫌いが介入していることがある。主張することは、自分の好みを言うことみたいにとらえる人もいるようだ。

しかし、例えば多くの家では「炊飯器」があると思うが、この炊飯器が物凄く好きだから買ったという動機の人は必ずしも多くはないと思う。「炊飯器が好きなんですか?」と質問すれば「いや、米を炊くのに必要だから」と答えると思う。同様に「洗濯機が好きだから」という理由で洗濯機を買うとは限らないし、むしろ「洗濯が好きだから」という理由はあるかもしれない。
ここで言いたいのは、炊飯器や洗濯機を買ったからといって、それらが好きとは限らず、好きでも嫌いでもないこともある、ということ。人にとって好き嫌いは相当重視されているし、僕も確かに「好み」は入る。
僕の場合、例えば服をかけるハンガー。好き嫌いの感情を乗せるとハンガーは「好きではない」のだが、それでも衣服をかけておくためには必要なので買う。もしここにムリヤリ僕の好みが入るとしたら、「せめて自分が好きな色のハンガーにしよう」とか「プラスチック製ではなく木製のものにしよう」等が介入するだろう。

行動や主張、意見が何に基づいているのか、好き嫌いと切り離して考えれば、分かってくることもある。