2013年12月31日火曜日

2013シメ

今年は駆け抜けた一年、しかしそれもスタートダッシュ。
来年はその速度を何倍にもしたい。そのためには
目の前にあるものを真剣に取り組む姿勢は常に持っていたい。

皆さま、良いお年を。

2013年12月22日日曜日

AEPの話

世の中には
「無駄なコンポジションをやたら作られて非常に分かりづらい構造のAEP」

と、

「無駄なコンポジションがなくて非常に理にかなった構造のAEP」

この2つのAEPがあるのだ…。

成長

昨日バスでのお話。座席は大半が埋まっており、私は後方の左窓際に着席。
ある停車場で小学生低学年の男の子3人が乗車してきた。そのうちの2人は割と大人しめな少年で2人とも立っていた。この二人は少年A,少年Bとする。そして、もう一人の男の子は見た目も性格もいうなればジャイアン的風貌で開口一番「席なしかよー」と。どうやら持っていた漫画雑誌を読みたかったようで、かなりご不満の様子。一緒だった少年ABはジャイアンに対して「我慢しろよ」と言ったり。

そこで次の停車場では2人掛けの席が空いた。そこにジャイアンはなんと一人で腰掛ける。そのデカイ態度には少年ABらも怒って「お前立てよ!」とかそういう感じで言っていた。ジャイアン動かず。
するとそのやり取りを見かねたのか、通路逆サイドで座っていたおばさんが少年3人が並んで座れるようにと立ち上がって席を譲る。ジャイアンはそのおばさんの行動が意外だったようで、どう対応したら良いのか分からない、お礼を言っていいものか…そんな感じでバツが悪そうであった。
結局少年ABが元々ジャイアンが占拠していた2人掛けの席に座り、ジャイアンはおばさんが譲ってくれた通路逆側の席に座ることになった。

バスはどんどん満席になる。すると、次の停車場で今度は老婆が乗車してきた。もう空席はない。
するとどうだろう。あのジャイアンが老婆に対して席を譲ったではないか。先ほどまではあの横柄で、2人掛けの席を一人で占拠していた彼が。ジャイアンは黙って立ち上がって、自分は読みたい雑誌を立ちながら読んでいた。その一部始終を少年ABもぽかんとして見ていた。
ジャイアンはこの約10分の間で、何か思うところがあったのだろうか。それともただの気まぐれ?

2013年12月3日火曜日

過程を想像する余地

本屋の陳列。人の目の高さのところに陳列されている本、あるいは、レジ近くで平積みにされている本。

公園で噴水がよく見える場所に設置されたベンチ。

電柱にハンガーを引っかけて割烹着を天日干ししている。

雑居ビルのエレベータのあるロビーで、無料購読のチラシが陳列されたマガジンラック。


これらのものはどういう経緯で置かれたか、それは適切な役割を果たせているか。
さらに優れた目的を達成させる方法があるか。
など。自分の意図が介入しなかったものに対して興味を持つのは楽しい。
推理するように楽しんでみるのもイイかも。

2013年12月1日日曜日

気にせず

世の中には一生懸命な人を笑う人がいるが
それなら自分は笑われる側がいい!一生懸命を目指す!笑って!

完成させるというフェイズについて

とりわけ幼少期から学生時代の自主制作において、
「とりあえず完成させる」というフェイズに行きつくか行きつかないかで、
【自分にとっての作品とは何か】
という自分への問いレベルが上がるか上がらないかを左右する。

例え稚拙な作品だったとしても、「作品になった」か「ならなかった」かは
比較が出来ないほど隔たりが有る。
「作品になった」時、
制作途上では驚くほど失敗があったとしても何とか完成させ、
他者からは賛否の評価を得ることで、次にじゃあ自分はどう動けばよいのか?
という考える材料が生まれて、問いのレベルが上がってゆく。
一方で「作品にならなかった」時、
制作途上の試行錯誤や、完成後の他者の評価を得るというプロセスを経ることが
できないため、結果自分の作品とは何かという問いに至らない。

もしこれが小学校の図画工作の絵を描く授業であれば、
半ば強制にでも絵を描かされ、教室に貼り出され、
通信簿の評価に至るまでのプロセスが開かれたはずだ。
(但し、強制して何かを作らせること自体を全肯定するわけではない)

しかし、自主制作は特に強制は無い。作品に「する」か「しないか」は
当の本人に委ねられる。言葉で言えば、「する」「しない」、「やらされる」「やらされない」、
「頑張る」「頑張らない」「時間を作る」「時間を作らない」など、言い方はたくさんあるが、
その先の冷静な事実は常に「作品になった」、か、「ならなかったか」である。

幼少期~学生時代の中で何かしら創作活動の形として行われる自主制作において
「とりあえず完成させる」というフェイズは、
将来、その人の作品の在り方や作り方をより具体的に考えてゆく上で
最低限必要なものだと言える。