2013年12月31日火曜日

2013シメ

今年は駆け抜けた一年、しかしそれもスタートダッシュ。
来年はその速度を何倍にもしたい。そのためには
目の前にあるものを真剣に取り組む姿勢は常に持っていたい。

皆さま、良いお年を。

2013年12月22日日曜日

AEPの話

世の中には
「無駄なコンポジションをやたら作られて非常に分かりづらい構造のAEP」

と、

「無駄なコンポジションがなくて非常に理にかなった構造のAEP」

この2つのAEPがあるのだ…。

成長

昨日バスでのお話。座席は大半が埋まっており、私は後方の左窓際に着席。
ある停車場で小学生低学年の男の子3人が乗車してきた。そのうちの2人は割と大人しめな少年で2人とも立っていた。この二人は少年A,少年Bとする。そして、もう一人の男の子は見た目も性格もいうなればジャイアン的風貌で開口一番「席なしかよー」と。どうやら持っていた漫画雑誌を読みたかったようで、かなりご不満の様子。一緒だった少年ABはジャイアンに対して「我慢しろよ」と言ったり。

そこで次の停車場では2人掛けの席が空いた。そこにジャイアンはなんと一人で腰掛ける。そのデカイ態度には少年ABらも怒って「お前立てよ!」とかそういう感じで言っていた。ジャイアン動かず。
するとそのやり取りを見かねたのか、通路逆サイドで座っていたおばさんが少年3人が並んで座れるようにと立ち上がって席を譲る。ジャイアンはそのおばさんの行動が意外だったようで、どう対応したら良いのか分からない、お礼を言っていいものか…そんな感じでバツが悪そうであった。
結局少年ABが元々ジャイアンが占拠していた2人掛けの席に座り、ジャイアンはおばさんが譲ってくれた通路逆側の席に座ることになった。

バスはどんどん満席になる。すると、次の停車場で今度は老婆が乗車してきた。もう空席はない。
するとどうだろう。あのジャイアンが老婆に対して席を譲ったではないか。先ほどまではあの横柄で、2人掛けの席を一人で占拠していた彼が。ジャイアンは黙って立ち上がって、自分は読みたい雑誌を立ちながら読んでいた。その一部始終を少年ABもぽかんとして見ていた。
ジャイアンはこの約10分の間で、何か思うところがあったのだろうか。それともただの気まぐれ?

2013年12月3日火曜日

過程を想像する余地

本屋の陳列。人の目の高さのところに陳列されている本、あるいは、レジ近くで平積みにされている本。

公園で噴水がよく見える場所に設置されたベンチ。

電柱にハンガーを引っかけて割烹着を天日干ししている。

雑居ビルのエレベータのあるロビーで、無料購読のチラシが陳列されたマガジンラック。


これらのものはどういう経緯で置かれたか、それは適切な役割を果たせているか。
さらに優れた目的を達成させる方法があるか。
など。自分の意図が介入しなかったものに対して興味を持つのは楽しい。
推理するように楽しんでみるのもイイかも。

2013年12月1日日曜日

気にせず

世の中には一生懸命な人を笑う人がいるが
それなら自分は笑われる側がいい!一生懸命を目指す!笑って!

完成させるというフェイズについて

とりわけ幼少期から学生時代の自主制作において、
「とりあえず完成させる」というフェイズに行きつくか行きつかないかで、
【自分にとっての作品とは何か】
という自分への問いレベルが上がるか上がらないかを左右する。

例え稚拙な作品だったとしても、「作品になった」か「ならなかった」かは
比較が出来ないほど隔たりが有る。
「作品になった」時、
制作途上では驚くほど失敗があったとしても何とか完成させ、
他者からは賛否の評価を得ることで、次にじゃあ自分はどう動けばよいのか?
という考える材料が生まれて、問いのレベルが上がってゆく。
一方で「作品にならなかった」時、
制作途上の試行錯誤や、完成後の他者の評価を得るというプロセスを経ることが
できないため、結果自分の作品とは何かという問いに至らない。

もしこれが小学校の図画工作の絵を描く授業であれば、
半ば強制にでも絵を描かされ、教室に貼り出され、
通信簿の評価に至るまでのプロセスが開かれたはずだ。
(但し、強制して何かを作らせること自体を全肯定するわけではない)

しかし、自主制作は特に強制は無い。作品に「する」か「しないか」は
当の本人に委ねられる。言葉で言えば、「する」「しない」、「やらされる」「やらされない」、
「頑張る」「頑張らない」「時間を作る」「時間を作らない」など、言い方はたくさんあるが、
その先の冷静な事実は常に「作品になった」、か、「ならなかったか」である。

幼少期~学生時代の中で何かしら創作活動の形として行われる自主制作において
「とりあえず完成させる」というフェイズは、
将来、その人の作品の在り方や作り方をより具体的に考えてゆく上で
最低限必要なものだと言える。

2013年11月23日土曜日

かぐや姫の物語

かぐや姫の物語見てきました。よかった。映画館から、泣きながら帰ってきました…。
なんかシーンを思い出そうとすると色んなシーンがどんどん浮かんでくる…もう一回見たい。



ところで

リトルウィッチアカデミア(アニメミライ2013)吉成曜監督
言の葉の庭 新海誠監督
風立ちぬ 宮崎駿監督
魔法少女まどか☆マギカ〔新篇〕叛逆の物語 新房昭之総監督
かぐや姫の物語 高畑勲監督

今のとこ見た今年のアニメーション映画、今年だけでこんだけ楽しませてもらってていいんでしょうか…ほんといい作品ぞろいですね。
あ、ここにルパンVSコナンも入るのかな、どうなるやらw

2013年11月16日土曜日

ル!

今回のルパンはヒロインが可愛いかったのがよかったと思います。
そういえば、クリカンルパン渋くなってた気がする、自然に耳に入ってくる感じが有った。直後に「The Last Job」をチラッと見たんだけど、全然演技が違っていた。

2013年11月13日水曜日

類推

アニメをみていると、たまに表現として出てくる「ごく普通の」は、大体が「ほんとかなあ?」って感じることが有ると思う。
大抵キャラクターなら非凡な能力持っていたり、やたらモテたり、舞台設定とかなら異常な生活環境だったり、現実離れしていたりする。そりゃそうでもないと話が面白くならないとは思うけど、ごく普通の、はその後に待ち構える異様な何かへの呼び水だな!

2013年11月8日金曜日

絵が変わることの特別感

ルパン話です。

私はルパン三世が好きで、映像化されているものは大体見ています。
パイロットフィルム、テレビシリーズ4シリーズ分、ルパン8世(公式発表されている話数に限る)、映画、TVスペシャル、TVCM、ゲーム内のムービー、ルパンクロニクル、OVA、ミュージッククリップDVD、モンキー・パンチ先生が監修して作った原作絵にモーション付けた映像、予告編のみで使用されたカット等など……


ルパン三世で特徴的なのは、作品によって結構絵が変わることです。これはその作品の雰囲気や、キャラデザインする人の特徴やら色んな要因があるのですが、この絵がコロコロと変わるのが私は好きだったりします。むしろ毎回変わってくれと思うぐらい。
ルパン作品に限らず、TVシリーズものが映画になるとき、デザインがTVのものと少し違う作品ってあると思うのですが、ああいうのが特別感があって良いなぁって思うんです。
そしてルパンの場合、多少絵が違おうが、「ルパンになる」のでそこがまた凄いなあって思います。

私がルパンの中でもちょっと良いなって思うのを2本…

「風魔一族の陰謀」という1987年のOVAがあります、これはレギュラーキャラ5人全員の声が違うという衝撃的な作品でしたが、映像制作はテレコムアニメーションフィルム、キャラデザインは友永和秀が担当し、デザインは旧ルパンやカリオストロの城の大塚康生ルパンを踏襲するようなものになっており、キャラクターの芝居やカーチェイスや殺陣等のアクションが満載で、ルパン作品の中でもレベルの高い映像になっています。

また、同じくテレコムアニメーションフィルムが2011年に制作した「血の刻印 永遠のMarmaid」に関しても、佐藤好春による、あえて影なしハイライトなしのデザインにすることで、作中で細かく動きを見せるためのデザインに仕上がっており、クライマックスのアクションシーンでは、バケモノ化した敵と、ルパン次元ごえもんが闘うという、迫力のある映像になっています。

こういった、作品の内容に応じてデザインが変わるという挑戦はこれからも見たいですね。

アクセント

その物体のアクセントはどこだ、とか、どういう構造だ、とか考える。
ごちゃっとしている中に洗練されたデザインがあったり、魅力的な
曲線の型だったり、ダボっとした服のシワだったり、はたまたミカンの皮の
ゴワゴワっぷりだったり。

閲覧する側の立場のときは、線を観るのが楽しい。「線」という表現は、
描く人と閲覧する人の約束事みたいなものでもあるから、最終的にその線が
どういう解釈を通して引かれたものなのか、そういうのを見るのが楽しい。
物は光で光は物、象られた物を観察して脳みそを通して線にする。線は形になって絵になる。
一本の線にもきっとその人の、たくさんの何かが詰まっている。

2013年10月30日水曜日

線の熱

2Dアニメーションで好きなのは、1枚1枚の線画の熱が伝わるところ。今は鉛筆から2値線、仕上げ、コンポと加工されていても、その作画熱はちゃんと残る。昔のセルの方が良かった、とは思わないしそこに優劣をつけるではなくて、「デジタルはデジタルの良さ」「セルはセルの良さ」があっていいと思う。

まどマギ

見てきたよ。画面が凄かった、お腹いっぱい!
あとパンフの出来がとても良い感じでお得ですよ、エンボス加工の表紙が凝ってる。

2013年10月28日月曜日

千変の自由

今日みたいな青空はとても気分がよいもので、しかし人によっては
天気が良すぎて逆に妙であると思う人もいたり。自分の持つ「気」によって
周囲はガラッと変わる事なんてほんと普通によくあることです。
善だと思ったら悪だし、急ぐかと思ったらじつはのんびり。ほんの1日も
すれば現象なんて見た目がコロコロ変わりますね。

ならば、違う!と対立するよりは、「それである」、とそのままの現象を
感じるというのもまた在り方なのかなと思うこともありますね。

2013年10月21日月曜日

意識の範囲

何もかもは全てに通じている。という感覚は、自身の感覚が鈍らないためにも
重要なもので、自分の言動、行動は別に他とは関係ないと思っていると思考は狭まるし
実際のところ、どこかしら関係はある。逆もそうで、ある出来事や作品などがあって
そこに興味が行くか行かないかで自分への影響は大いに変わってくる。
自と他は表裏一体で、その意識は自分次第でどんどん広がる。

2013年10月13日日曜日

何度でも立ち上がる、という精神

何度傷ついても立ち上がる聖闘士、という聖闘士星矢の精神は当時小学1年生の僕には色々と衝撃で…、その精神は自分のアニメ作りにも生きている、と思う。
聖闘士星矢の中における、主人公たちはとても不器用だ。しかし最後まで絶対に諦めずに頑張る姿勢は一貫している。そういう精神を持つのはきっと大事だ。

2013年10月8日火曜日

そこにあった感覚

キルラキル見てると
ワルサ―P38の今石洋之パートを何百回も見てた頃や
フリクリ5話をサークルの部室で延々再生していた頃の感覚を思い出してくる。
一言で言うと凄く楽しい。

2013年10月3日木曜日

締切は飲み屋

飲み屋を以て締切とする、そういう生活も悪くない。
飲みはスケジュールを司り、酒は私を司る…。液体に司られる私。

2013年9月26日木曜日

演技OFFの可視

演技の存在をなんとなく意識するようになる瞬間は誰にでもあると思うが、今日はそんな話し。

私が小学校低学年、確か二年の頃。恒例の学校行事で、学校に演者さんを呼んで、演劇を鑑賞するという行事があった。季節ごとに行事があり、時にはコンサート、落語、漫才師によるトークなどもあった。
今回の演劇は学校の体育館で行われ、体育館には全児童が集合し、ステージはそのまま演劇用のステージとして使用された。
演劇の元になっていたのはある絵本だった、その絵本は小学生がなじみやすい、ある日本の昔話を題材にしていた作品だったし、当時の私もストーリーを知っていたのでとても楽しめた記憶はある。

演劇も盛況に終わり、児童は体育館から各々教室に戻ることになる。私も同様に教室に戻ってゆくわけだが、その途上、校舎内のある教室前を通りがかった。そこは普段は多目的教室として、文化部のクラブ活動や、道徳の授業などで使用される畳の敷かれた教室だ。普段は施錠されているが、その日は使用されているような気配が有った。
そしてその前を通りがかると、ドアは少しあいていたので、室内を確認することが出来た。中には、先ほどの演劇に出ていた演者さんたちがいた。この多目的教室が、演者さんたちの楽屋として使用されていたのだ。私が室内を確認した時間はおそらく2秒程で、立ち止まることはなく私はその教室前を通過した。
さて、その一瞬の景色に当時の私は少しショックを受けたと思う。室内は、数名の演者さんがリラックスした様子で座っていただけ。言葉で説明したらそれだけの景色だった。
だが当時の私は、ステージ上で役になりきっていた演者さんと、室内にいた「人」はまったく別の何かに感じた。そう、演者さんの「素」の状態を垣間見てしまったのだ。室内には、演劇で使用された衣装などもあったので、それらは「素」の光景を引きたてる演出材料になっていた。
当時の私はおそらく「素」という言葉をまだ知らなかったので、ステージ上で演技していた「人」と、多目的教室でリラックスしていた「人」が大いに異なる、ということを自分の中で理解するのに少し時間が必要だったのだ。
それ以降、「お芝居」「演技」とか「役」というものが、世の物語には存在することを意識するきっかけになった。当時はショックだったが、例えば「夢を壊された」とかそういう風には思わなかった。ただ、ステージ上の演者さんと、多目的教室にいた人が、あれほど違ったのはなぜなんだろう、とは強烈に感じた。境界線を覗いた感じ。
これら一連の出来事をきっかけに、もしかしたら当時の私が漫画とかキャラとかに興味を持っていった一つの分岐になっていたかもしれない。
塗り替えは、どこで起きるか、わからない。

2013年9月23日月曜日

別レイヤー

都内某所からの帰り、新宿駅付近を通ると、様々なレイヤーを経て帰宅していく人たち。
普段もそうなのですが、今日は特にそんな雰囲気。Twitterのタイムラインもそんな感じ。
それぞれのレイヤーは重なることは無い。ギリギリのところですみ分けられ
通過してゆく。しかしそのレイヤー自体は外からも視認することができる。
今の世の中の特徴かな。そうやってバランスはとられているのかもしれない。

2013年8月27日火曜日

想像の行方

今の世で、「未来の空間」を感じさせるギミックやリソースって何だろうねえ。10年ぐらい前までは、ネットとか仮想空間だったのだろうけどね。
ヨコハマ買い出し紀行みたいな終息に向かう未来てのもまた良いかもしれない。

2013年8月23日金曜日

リトルウィッチアカデミア

リトルウィッチアカデミアBDきました。25分の作品になんと100ページ以上のブックレット(というかムック本です)。そしてサントラまでついている。元々はアニメミライ2013向けの、アニメーター新人育成を想定した作品ですが、まず作品そのものの完成度が素晴らしく、制作スタッフの情熱を感じずにはいられません。トリガーさんによる、作品を広めてゆきたい、育ててゆきたいという想いが伝わった気がします。

劇中曲は大島ミチルさん。
余談だが、過去に「魔法使いTai!」という佐藤順一監督の魔法少女作品で大島さんが音楽を担当されていますが、こういった魔法を扱う作品とも相性バッチリですね。

2013年8月16日金曜日

疑似的郷愁

今年の夏はとても暑いので、お昼の2~3時くらいになると作業が停滞する。
そこで軽く横になったりするのだが、その時に静かなBGMをかける。
最近のお気に入りは松居慶子の「From My Window」。
ギラギラしたハイコントラストの炎天下と暗い室内でこの曲が流れると、あたかも自分が
どこか別の建物にいて、そこは見たことも行ったこともないのだけども、誰かの過去の記憶を
さかのぼったような光景をみているような気分になる。
この疑似的郷愁ともいえる感覚は、静かな休憩時間に一瞬別の五感を味わえるような、そんな
感覚になるのです。

2013年8月15日木曜日

副産物収穫

映像を見る時も作る時も、ちょっと淡い期待をしているのとしたら、その結果に全く別の副産物が自分の中に発生することだ。

思っていなかった面白いこととかを見つけることが、創作活動における一つの楽しみかもしれない。

2013年8月12日月曜日

健康管理

普通に生活する(とりあえず動ける程度に生活する)中で、超重要項目は「健康管理」というところに行きついている。たったこれだけでも、やるべきことはたくさんある。

ブログ「とらやねっと」によると僕が最後に風邪を引いたのは2007年の12月。かれこれ5年半風邪を引いていないことになるが、たかが風邪でも絶対にひきたくないのだ。特に夏場はクーラーをつけていると風邪を引きやすくなるので、布団は冬用の布団を使用したりしている。

2013年7月31日水曜日

7月は走り去り

8月になろうとしています。そんな中、先日やっと納豆そうめんを食しました。とても美味しい。
基本的にそうめんはあっさりのお手本といえるぐらいあっさりした食べ物なので
納豆はとても相性が良い。私は納豆好きなので、どうしても納豆に対して
評価が甘くなってしまうのですが、この納豆そうめんに関してもとても満足です。

あと、「風立ちぬ」を見ました。ネタばれは一切しませんが、泣きました。お客さんには
おそらく60歳以上と思われる年配の人がとても多かったです。

2013年7月27日土曜日

ライブ

豚乙女さんのライブに行ってきました、パワーをもらった…そして
幻想のサテライトもきけて嬉しかった。

明日から頑張ります。

ところで凄い汗をかいて外を歩いていたので、ライブ後ずっと外は涼しいもんだと思っていたが、帰宅後に着替えたらそういうわけではなかったようだ!

2013年7月6日土曜日

可視化

見えてしまうともうそれは答えになってしまって、想像する思考がそこで停止されてしまう、なんてことがたまにあります。僕はこれに関して勿体ない、と思うことがあります。

例えば「えもいわれぬタコ」という文章表現があったとします。えもいわれぬ、とは言葉に出来ないほどのなにやら趣があるようなときの言葉ですね。そんなタコなのですから、さぞかし立派で堂々として、もしかしたら色つやもすごい綺麗なのかもしれない、と読む人それぞれが脳の中で考えると思います。
ではその「えもいわれぬタコ」がリアルでいたとして、パッと水族館でみたとすると、あんがい割と普通!ということもあり得ます。もしかすると想像していたよりももっと「えもいわれぬ」様相かもしれませんよね。ここで、自分たちの脳内に住んでいたタコと、リアルタコとで答え合わせが行われたわけですね。

想像のものと、可視化されたものが巡り合った時、僕はいったんそこで想像のプロセスが止まると思っていて、旅行等でも、行きたい場所の写真って大抵事前にみたりするじゃないですか。「どんなところだろうワクワク」→「あっ…こういうところなんだ」という風に、想像のプロセスが一度止まりますよね。感覚的に、僕はこういうのはちょっと勿体ないと思うのです。
創作で言うと、漫画や小説などが原作だとしたら「もしかしたらあのシーンはこうなるんじゃないか」と思っていたところが、いざ色がついてキャラクターが喋るともうそれは別のものですから、とたんに「見えてしまった」感が強くなるんですね。であればいっそそれを見ないで、自分の中でずっと想像のプロセスを走らせ続けるというのも一つの選択ではないかな、と思うのです。
そうすると、もしかしたらあなたの頭の中の「えもいわれぬタコ」が「すごいゴージャスなタコ」に変貌しているかもしれませんよ。

2013年7月4日木曜日

練成

湧いて出た作業AとBの対応のため作業Cが中断していましたが作業C再開。作業AとBに伴って練成された作業Dは明日対応で決まり。作業Cは日付が変わるまでに終わらせたい。
…全ては明日の飲みEのためだ!

2013年7月2日火曜日

言語に内包される意識

人によって、ある言葉に対して抱く想いやイメージや意味というのは違う。こう感じる状況と言うのは日常の中でも割と遭遇することだろうと思います。

空 (そら)
この「空」という単語、みなさんならどんなイメージを持っているでしょうか?文字ひとつとっても、人によって全く思い浮かべるモノは違うはずで、真っ青な夏の空を浮かべる人もいるかもしれないし、夜空を浮かべるかもしれない。もしかしたら、空を見上げると悲しさがこみ上げてくる、なんて連想する人もいるかもしれませんよね。

なので、例えばここで私が「今日は綺麗な空でした」という言葉を並べても、これを聞いた人から、どれぐらいのレベルで綺麗だったのか、そもそも、「今日」のどの時間帯の空だったのか、天気は晴れていたのか?どういう気持ちで空を見ていたのか?などのツッコミがくるかもしれません。
前提として、人が思い浮かべるイメージと自分のイメージとは全く別モノである、と意識する。そう考えれば、他人に適切に伝達する必要があることがきっと分かるはずです。伝達する側は、この空のイメージを適切に伝えるために、前後の文章で補足したり、何か別の言葉で言い換えたり、あるいは絵に描いて説明したり…、言葉のイメージのチューニングは日々怠らず、意識する必要があります。


2013年6月24日月曜日

平凡でも

平凡な何かを注意深く見てあげる、時間をかけて観察することによって非凡な何かを発見できるのではないか。

時間をかけて観察する、絵を描く上で最重要事項!

2013年5月30日木曜日

ものの流れ

米、塩、魚。人、知識、情報。安心、安全、信用。
目に見えたり見えなかったりするものが色々混じってますが日々流れているもの。
それを流すのは人であることを忘れちゃいけない。リアルはちゃめちゃロジスティック。

2013年5月11日土曜日

リスクストッパー

ある映画を見て思った、脚本か監督の解釈なのだと思うが、お客さんはどうもピンと来ていなかった作品のようだ。自分も意図不明のシーンが幾つかあって、それを映像とすることのリスクの高さというか、時間を使うほどのことか?と感じたのだ。テレビとかならまだしも、映画は映画館に来るための時間も使って、安くないお金を払ってお客さんは見に来ているわけだから。

こういう感覚のズレって作品的にも商売的にも致命的になりうると思うんだけど、単純に脚本を練る段階でミスってて、その段階で修正を加えれば何とかなるのではないかな。制作時の段階でリスクヘッジすることの重要性を感じる。

2013年5月1日水曜日

なまえ

友人の家に遊びに行きました。猫を飼っているのですが、友人によると、名前を付けていないというのがちょっと面白かったです。
名前に縛られない猫、というのもそれはそれで自由なのかもしれない…

2013年4月25日木曜日

食事

ある日のクマモトの晩飯

玄米
納豆と白ネギとゴボウの味噌汁
煮干し
もずく
野沢菜

飲みのない日はほぼこんな感じです、あとは根菜や野菜が足されたりします。

ここにどぶろくなんかが加わると最高ですねw

2013年4月13日土曜日

別角度からの感情

例えば、5年前の私が見た作品、を、ついさっきの私がまた見る。
おそらく5年前の私とついさっきの私は結構別の立ち位置になっているでしょうから
当然その作品を見る角度だって変わってくる。


極端な話、当時は「悲しい出来事だ」と思っていたのが今では「力強さを感じる」
なんてこともあるわけ。
5年前の私の感覚、ついさっきの私の感覚との違いを重ねてみて、自分の変化を実感する。


例えがあっているかはわかりませんが、測量みたいです。

2013年4月12日金曜日

プラスをいっぱいに

誕生日を迎えて年齢が+1されました。
今年も周りに+をもたらせる人になれるよう、

1+1を2だけではなくどんどんプラスにしていく精神で、頑張ります!

2013年4月10日水曜日

コントロール

エイプリルフール等をみて思うこと。これをやったら怒られるかもしれない、という想像力は公共の場ではしばしば役に立つ。まあホントに怒られることもあるかもしれないけど、楽しんでもらえればよい、という事もある。

しかし、それとは逆に、自分はこういうことがやりたいと発言する場ではブレーキになる恐れもある。コントロールは難しいもの。

2013年4月2日火曜日

データから情報へ

もう新年度が始まってしまっていました!今日は電車は新社会人と思しき人たちが多かったな~、新社会人の方、新しい学校に通われる方、スタートって感じるような空気がありました。


さて今日はデータと時間のお話。
普段私たちが何気なく見ている情報と言われているもの。それらは元々はデータと呼ばれ、そこから情報になり、知識となって、自分のものにします。しかしそのデータが何なのか、認識が出来なければ情報にすらなりません。
ある一つのデータが欲しくてもそこに行きつくまでに10000の要らないデータを目にすることもあり得ます。それらは「雑音」と呼ばれます。

現在進行形で、おそらく人には本人が思っている以上に自由(ここでは自分の意思でどうとでもなる時間を自由としています)な時間が少なくなっていると思います。動画、音楽、電子書籍、webラジオ、ネット配信、ゲーム、SNS。端末を日々使っている人であれば何かしら関係のあるものですね。自分が見たいなとか聞きたいなと思っている「データ」を必要な情報として全てを認識しようとすると、とてもじゃないけど足りないもの、それはお金ではなく時間です。
データを扱うヒトに与えられた時間は有限だから、この配分を上手いこと使いこなせるようになりたいですね。


2013年3月16日土曜日

ひっぱってくる

「お、今日はブロッコリーが安い日だ!買いに行くぞ!」

という日があなたにもあるかもしれません。おそらくスーパーにとってあなたは
「望まれた客」である可能性が高いのですが、そもブロッコリーはどういう意図で安く
設定されたのか…私はスーパーでバイトしたことは無いですが、きっとさまざまな計算や思惑があって普段は一房198円がその日だけ128円になっているのでしょう。その日は運送の都合上、ブロッコリーの産地がある愛知から来るトラックが2台用意できるので、いつもよりも倍の量のブロッコリーを運べるからとか、近所のライバルのスーパーでも128円と設定してあるので負けじと価格競争に参加しているからとか色々あるのだと思われます。

そんな中、あなたは128円ブロッコリーを買うわけですが、もちろんそのブロッコリーだけでなく他の食材も買いますよね。買い物をする消費者側の大半はきっとそのはず。供給側の思考としては、単にブロッコリーを安くするだけではなく、消費者がブロッコリー込みの買い物をして、会計を済ませ、買い物袋に品物を突っ込んで帰宅をするところまでは最低限イメージが出来ていることでしょう。
常に我々は観察されている…。日頃の「観察されてる力」が試されるスーパーの買い物でありました。



2013年3月4日月曜日

小さなことを見逃さない

絵を描く力と言うのは、小さなことの積み重ねだといつも思っていますが
最近は特に痛感します。
例えば電柱を一本描くにしても、どのような構造で何のために建っているのか?
それを知っているかどうかで絵の説得力は全然違ってきます。常に周りを観察している人
というのはそういった知識を吸収することを習慣でやっているわけですから、それが1日、1週間、1年となると、大きな実力の差として現れるのです。
常日頃からの小さな出来事の観察。「気付く!」というきっかけづくり。最初は遊び感覚ぐらいでやってみるのもいいかもですね。

2013年3月1日金曜日

ver1.0

本日よりバンケットスタジオver1.0になりました。
個人的にも、制作環境が変わったというのもあり、新しい気持ちで
進んで行きたいと思います!

現状、自作のアニメーションは少しずつ進行中…




2013年2月21日木曜日

★お手伝い状況201302

現在、二本の動画のお手伝いをしてます。

一本は二次創作で、私は動画・仕上・撮影で参加、
もう一本はオリジナルで、一部コンテ、演出補、原画、動画、仕上、撮影で参加しています。
どちらかが今週末あたり発表になって、こちらでもお伝えできるかと思いますので、
よろしくお願いします。

今日は一日描きの作業だった。明日と明後日もそんな感じ。金曜と土曜は飲み!

2013年2月18日月曜日

BANQUET STUDIO β版

ブログの内容をは極力シンプルにしようと考えています。
TOPは記事が読めるページ
Profileは簡単な自己紹介
Worksはクマモトの作品履歴等の閲覧・リンク
Contactはお仕事に関する説明の記載
という感じになっています。どういうことをやっているのかが
ダイレクトに伝わるよう心がけたいと思います。

そんなわけで上のバナーはβ版仕様です。次でver.1.0を目指すぞ。
あと、ロゴも作りたい!色々と書いてみようか。

2013年2月15日金曜日

非日常

信州のとある温泉に来ている。たまに こういう場所に来ることで、非日常感を味わうのも わるくないですね。出来れば三ヶ月に一度くらいの ペースで旅行には行きたい。

2013年2月11日月曜日

進むきっかけは色々あっても良い

自分が動画を作り続ける動機があるとしたら、見てくれる人が、「明日も前に進もう」とする気持ちへのきっかけになれば良いな、ということだ。

2013年2月6日水曜日

BANQUETSTUDIO 構築中…

さっき今日の分の日記を書いたけどもうひとつ。出し惜しみせずの精神で行きましょう。


BANQUET STUDIOは私の新しい個人サークル名として命名しました。私を前から知る人からすると、なんだ偉そうな名前をつけやがってとのお声もあるかと思いますが、まずは形にしてみようというのもあり、ブログの新規構築に至りました。「BANQUET STUDIO」直訳すると酒宴工房みたいな感じかな?私がBANQUETを気に入ったのは、自分が飲み会がでみんなと話せる場が好きだからというのと、空間的な単語だったから。私は人が影響を受ける要素として環境や空間はとても大きいと思っているし、大それているかもしれませんが、ならばこのBANQUET STUDIOもそういうものを目指さなきゃいかんのではとも思うのです。そんな思いも込められています。

名前が変わっても、創作に対する姿勢は変わらず、常に前のめりで行きます。

2013年2月5日火曜日

プレ

ここBANQUET STUDIOを色々と項目を足す作業を行っています。
このページの上に表示されているブログ名の画像に、α版と書かれている通り仮運営でして、もう少し調整します。BANQUET STUDIOはβ版を経て、オープンとなります。
2013/3/1より完全移行という形になりますので、どうぞよろしくお願いします。
世の中にはプレα版、プレβ版という言葉もあると聞きます。BANQUET STUDIOもプレまみれに…なることなく、始動したいと思います。