2011年7月18日月曜日

分割解凍圧縮

比率100の描きたいことがあって、70を描き30を思考してもらう。しかしその100がさらに全体の100の中の10に過ぎない。とか。そういった構造は映像にどのように盛り込んだら面白くなるのだろう?

30のものが0.2に圧縮されていたとして。最後まで見たら実はコレは30でしたというカタルシスも面白い。

作品の必要さとして、100をまず描いてしまうのは必要最低条件だ。

2011年7月16日土曜日

道はいつでも目の前に切り開ける

映像クオリティの上げ方はいくらでもありうる。しかしそこに思考が行きつかなければ、レベルはいつまでたっても変わらない。これでいいやと思った段階で、その映像のレベルはそこで止まる。自分から常に湧き出る、面倒くさいなぁという心は厄介で、それを断ち切らずして映像を作ることは不可能だ。

もし面倒くさいという気持ちが支配して筆が止まったら、その活動にはいったん終止符を打ち、別の活動に楽しさを見出した方が有益である。

「きっとまだ出来ることがあるはずだ」 この精神は常に持っておきたい。

2011年7月1日金曜日

引き寄せられる記憶

私が毎日見ているあるブログには、一日2枚ペースで風景写真がUPされている。
ここ最近は夏の田舎の景色が毎日楽しめるのだが、その中でのある一枚で、私は小学校の頃の記憶に接触した。
この時期、自分が児童の頃はどんな心境でどんな毎日を送っていたのかだいぶ忘れていた。放課後、友達と鬼ごっこをやったり、授業中に国語の教科書の片隅でパラパラ漫画を描いたり。クーラーのある職員室に入った時の恐ろしいぐらいの涼しさを感じたり。
今ではスルーしてしまうようなことも、小学生にとっては全てが新鮮だ。特に夏は感覚が極端なものが多い。それを代表するのが「暑さ」だと思うが、今の私が感じる暑さと、小学生の頃の私が感じていた暑さはきっと違う。そのきっと違う暑さを、ブログの写真は思い出させてくれた気がするのだ。